手袋をさがす

数年前鹿児島へ一人旅に行って以来、向田邦子さんのエッセイを読むようになった。

向田邦子さんのエッセイには家族や友人、仕事などごく普通の人たちの人生が描かれている。そして生きて行くことについてハッとさせられるような、そしてホッとさせられるような特別な輝きがある。

エッセイにはと書いたのは代表作のドラマ、「阿修羅のごとく」も「寺内貫太郎一家」も観ていないからである。そもそもテレビをほとんど観ない。

なぜ鹿児島へ行って以来なのかと言うと、旅行中に時間があまって何となく入った「かごしま近代文学館」の展示がきっかけだった。幼少期に鹿児島で数年を過ごした向田さんは鹿児島を故郷のようなものに感じていたそうで、死後に遺品が寄贈され、文学館に向田さんの部屋が再現されているのである。

余談ですが、「かごしま近代文学館」の展示は良質です。鹿児島ゆかりの作家(結構たくさんいます)が紹介され、その魅力が伝わって来る展示がされています。文学館の運営は大変そうだけれど、ずっと続けて欲しい。訪れた人に素晴らしい作品、作家との出会いを与え、何かのきっかけを与えられる特別な場所だから。

その向田さんの部屋には遺品とともに向田さんが残した作品も置かれ、また代表作の一節が紹介されている。その中の一つが表題の「手袋をさがす」だ。講談社文庫の「夜中の薔薇」に収録されている本作の内容は是非読んでいただくとして、わずか一節で当時抱えていた、行き方への焦燥や、不安、もやもやした感情を包み込んでくれたように感じた。文学館を出てすぐに講談社文庫を買って、その日のうちに全て読んだ。そもそも旅の目的はただ「九州新幹線を終着駅まで乗ってみる」だけだったのだが、この旅はこの作品に出会うための旅だったんだとその時強く思ったのを覚えている。

「手袋をさがす」は読んだ人に勇気を与え、背中を押してくれるような作品です。向田さんの使う日本語も、すごく綺麗で、今は使わないような(でも使ってみたくなる)表現もあったりで、とても参考になります。迷っている人、良質なエッセイを読みたい人、向田邦子さんの本は本当にいいですよ。

 

夜中の薔薇 (講談社文庫)

夜中の薔薇 (講談社文庫)